監査法人の抜き打ち監査が制度化される?(日経12*12*8*1)
日経新聞12月8日の一面トップです。
不正会計防止のために、2013年度の決算から適用される予定の監査に関する新しい基準で、不正リスクが多い企業に対して抜き打ち監査を実施するよう求めることになるかもしれません。
オリンパスや大王製紙など、最近の大きな不正事例に代表されるように、株式市場からの信頼を維持するためにも、監査制度の見直しなどが急務といえますよね。
新しい基準原案のポイントです。
・赤字の継続・オーナー企業による統治が効きにくい状況など、不正リスクの例示
・いわゆる抜き打ち監査の実施を想定?
・経営者に説明を求めたり、追加監査を実施
・監査法人間の引き継ぎを強化
・不正対応に関する教育・訓練
ここで、基礎知識です。
【会計監査制度とは】
企業の経営者とは利害関係のない第三者としての専門家により、企業の決算がルールにのっとって適正に行われ、開示されていることを調べ、その結果が公に意見表明されるようにする制度です。
もともと、会社の財務諸表に関する詳細情報は企業側が握っており、外部の株主や債権者などは、企業情報を知りえない立場です。
よって、情報量の面で絶対的に有利な企業が外部に公表する財務諸表を不当に操作したり、誤って会計ルールに反しないように、企業と癒着していない公認会計士などの専門家によって検証され、その適正性を確認したうえで財務諸表を社会的に利用してもらおう、という趣旨なのです。
資本市場の円滑な運営には、投資家等がもっともよりどころとする財務情報の信頼性を高い水準で維持することこそが絶対条件です。
その財務情報の信頼性を維持するために、「ディスクロージャー制度の番人」としての役割を期待されているのが、本来ある公認会計士の姿だと思います。
ここで、ちょっと長文になりますが、金融庁内に設置されている「企業会計審議会 監査部」というところが平成24年12月11日にサイト上で開示した第32回監査部会の議事次第より、非常に興味深い資料として「不正リスク対応基準(仮称)」の一部を抜粋・紹介させていただきます。
「3 不正リスク対応基準の位置付け
(1) 不正リスク対応基準の適用
本基準は、企業の不正による重要な虚偽表示のリスクにより有効に対応することにより、我が国資本市場の透明性、公正性を確保することが最終的な目的となっているところから、すべての監査において実施されるのではなく、主として、財務諸表及び監査報告について広範囲な利用者が存在する金融商品取引法に基づいて開示を行っている企業に対する監査において実施することを念頭に作成されている。なお、本基準の適用範囲は関係法令において明確化されるものであり、関係法令において明示的に求められていない限り、本基準に準拠することを要しない。
(2) 不正リスク対応基準の位置付け
監査基準は、財務諸表の種類や意見として表明すべき事項を異にする監査も含め、公認会計士監査のすべてに共通するものである。これに対し、本基準は、前述のように、金融商品取引法に基づいて開示を行っている企業に対する監査に限定して実施すること、不正による重要な虚偽表示のリスクに対応するために特に監査人が行うべき監査手続等を一括して整理した方が理解しやすいと考えられることから、現行の監査基準、監査に関する品質管理基準(以下「品質管理基準」という。)からは独立した基準とすることとした。
しかしながら、本基準は、独立した基準といっても、監査基準及び品質管理基準とともに、一般に公正妥当と認められる監査の基準を構成し、監査基準及び品質管理基準と一体となって適用されるものであることは言うまでもない。また、本基準の実施に当たっては、日本公認会計士協会の作成する実務の指針と一体となって適用していくことが必要である。
(以下省略)」
(企業会計審議会第32回監査部会 議事次第 配布資料1より)
URL⇒http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/siryou/kansa/20121211.html
これは、将来の公認会計士試験・監査論の受験生にとっては学習範囲の拡大になるかもしれませんね。
不正リスク対応基準(仮称)というのは、従来の各種基準より、かなり具体的に不正の発生原因やポイントなどを明確にしています。
ちなみに、日経トップ記事のタイトルにも出ている「抜き打ち」という言葉ですが、当初だされた「基準の考え方(案)」では、この言葉が明確にでていました。これが、その後に出てきた「基準(案)」では削除され、もう少しマイルドに「企業が想定しない要素の組み込み」という表現に統一されていました。
こういった文言修正のプロセスを見るのも、興味深いですね。
<基準の考え方(案)>
「4 【企業が想定しない要素の組み込み】
監査人は、不正リスクが識別された監査要点に関して、抜き打ちの監査手続の実施、往査先や監査実施時期の変更等、企業が想定しない要素を監査計画に組み込むことを検討しなければならない。」
↓
<基準(案)>
6【企業が想定しない要素の組み込み】
監査人は、財務諸表全体に関連する不正リスクが識別された場合には、実施する監査手続の種類、実施の時期及び範囲の決定に当たって、企業が想定しない要素を監査計画に組み込まなければならない。
いずれにせよ、従来の監査実務では、事前に詳細に設定された「監査計画」というものがあって、それをもとに監査先の企業と往査日程やスケジュールなどを調整し、予定に従って監査を進めていくというのがほとんどだったので、事前の連絡なしの抜き打ち調査みたいなことを本当に実務で実施するとなると、制度設計時には想定しえなかった予想外の課題や障害などが出ないとも限りませんね。
監査報酬は往査先の企業(クライアント)から出ていますし、突然の押し込み捜査みたいになると、反発が出る可能性もあるし、その後の監査の協力を継続して得ていかなければならないため、いろいろと現場では苦心すると思います。
検察の調査とか「マルサの女」で有名になった査察などのような場合、多分その後は調査官と調査を受けた社員との仕事上の付き合いはないから、あとくされないかもしれませんが、会計監査の場合、「抜き打ち監査」の後も、継続して仕事の関係は続きますから。
抜き打ちをした相手に、その後も気持ちよく協力してくれるよう、机の上の理論だけでなく、現場思考でいろいろと実務の工夫が必要になるだろうな、と思いました。