サトウ食品、モチ訴訟で8億7600万円の損失処理(日経12*4*4*13)
サトウ食品工業が、切り餅を作る際に用いている加工技術の特許に関連する差し止め請求訴訟で、損害賠償金が発生する可能性を考慮して、引当金を計上する旨を企業発表しました。
こちらのIR情報に、一連の訴訟案件の経緯と会計処理に関する公表情報が示されています。
http://www.satosyokuhin.co.jp/corp/ir.html
この会計処理で注目すべきなのは、
「損失が最終確定していない段階で、損失の早期計上を決断した」というところです。
敗訴も覚悟しているということの表明ともとれますから、今後の法廷での戦いがまだ続くことを考えれば、もしかしたら、サトウ食品側の担当弁護士は、内心、あまりやってほしくなかったかもしれません。
しかし、会計のルールを正直に守ろうと思ったら、この処理は十分に実施する可能性があるということもできます。
ちなみに、損害賠償がらみの損失には、つぎのように3つの段階があります。
(ステップ1)相手側と、特許権侵害などの裁判がはじまった。
↓
(ステップ2)損害賠償を支払う可能性が濃厚になった。
↓
(ステップ3)損害賠償の額が最終的に確定となった。
以上をふまえて、このような損害予定額を企業がどのように会計上認識すべきかの判断基準を考えてみましょう。
(レベル1)将来、費用・損害の発生可能性はあるが高くない。
※例:自然現象や人災による損害。係争中で結果が不明の状況など。
(レベル2)発生の可能性が少し高まってきた。
※手形の裏書・割引高に対する貸倒れ。係争事件で敗訴の可能性。
(レベル3)発生の可能性が相当高く、金額が合理的に見積もれる。
※翌期の修繕費用の引当。退職給付の引当。敗訴の賠償金見込み。
(レベル4)債務が法的にも確定した。
※修繕代金の未払額。退職者への未払額。敗訴確定後の賠償未払額。
以上のレベル1からレベル4までを見ると、あきらかにレベル1はなんらの会計処理も必要ではないことがわかります。
そもそも金額がいくらになるかもわかりませんし、発生の可能性が低いものまで検討していたら、会計業務の負担が多すぎます。
つぎに、レベル2の場合は、「偶発債務」といって、財務諸表に注記するという会計処理の判断が考えられます。
しかし、この段階ではまだ貸借対照表の負債や損益計算書の費用・損失など、財務諸表の本体には計上しないのですね。
レベル3になると、かなり負債としての実現性が現実味を帯びてきます。
この段階になると、いわゆる「引当金」という、会計理論特有の負債項目の計上が検討されます。
有名な所では、将来の退職者に支払う退職金を見積りで負債計上するとか、当期の勤務期間に属するけれども翌期の賞与の支払額として負担するべき賞与支給見込み額を賞与引当金という名称で負債計上するなどですね。
翌期の設備修繕計画に基づいて、実施予定の修繕の費用なども、その原因が当期までの設備の老朽化にある部分が多いでしょうから、修繕引当金という負債項目をたてることが考えられます。
この点、訴訟案件についても、その結果、損害賠償金の支払いの可能性が高まれば、その可能性の判断のしかたにもよりますが、この段階で「損害賠償損失引当金」などの名称で負債を計上し、利益を一部削っておく、という会計処理を選択することもあるでしょう。
サトウ食品は、このステップ3にある、という判断での会計処理じゃないかと個人的には想像しています。
なお、損害賠償額が終局的に確定した場合、それは法的な意味での金銭債権であり、いわゆる確定債務となりますので、これはもう貸借対照表の負債として完全に計上することになります。
法的に確定する前に計上する負債が「引当金」なのだな、という理解をするうえで、非常に参考になる時事問題だったので、今回、とりあげさせていただきました。