年金積立不足を2014年3月期から負債計上(日経12*5*9)
企業が従業員の退職に備えて積み立てていた年金資産と、現時点で発生している退職金の未払い債務の差を、すべてバランスシートに表示することを義務付けた会計ルールが2014年3月期からスタートします。
多くの会社は退職金制度を採用していますので、従業員が辞めた時の退職金の支払いで、かなりの支出を覚悟することになります。
資金繰りに与える影響が大きいので、そのような退職資金の管理を事業として行う外部団体に積み立て、いざというときの資金準備をするケースがおおいですね。
その場合の外部団体が退職年金基金と呼ばれるもので、そこに積み立てた資金を年金資産といいます。
会計ルール上、年金資産は決算時の時価で評価されます。
いっぽう、将来支給するであろう退職金の未払い債務のうち、当期までの勤務に応じて発生した分を見積計算し、「退職給付債務」としてバランスシートに計上するのです。
しかし、ここで計算構造上、注意点があります。
将来の退職債務に対し、すでに積み立てられている年金資産(時価)は、財源が確保されているので、バランスシート上の負債、すなわち「退職給付引当金」という勘定科目からは控除されるのです。
(例1)
A社は、現存する従業員の退職金の支払いに備えるため、年金基金に50億円(時価)を積み立てていた。
決算日時点での退職給付債務は76億円だったので、ここから財源として確保されている年金資産50億円を控除した残額を、貸借対照表の負債として計上することにした。
バランスシート (単位:億円)
(資産) (負債)
現金預金 ×× 支払手形××
受取手形 ××
棚卸資産 ×× 退職給付引当金26
(純資産)
利益剰余金0
話がここまでで終わりなら、なにも悩む必要はないのですが、ものごとはそう簡単にはいきません。
たとえば、年金資産の運用利回りが、当初予測したほどには高くない場合、どうなるでしょうか。
あるいは、このあいだのAIJ問題や株価の急落などにより、想定外の事情で年金資産が目減りしてしまったら?
(例2)
1年後、株価の低迷により、A社の年金資産が当初予定の50億円から、20億円に目減りしてしまった(時価)。
1年後の退職給付債務を仮に76億円と一定だったとして、財源として確保されている年金資産20億円を控除した残額を、貸借対照表の負債として計上していいか?
他の項目はすべて同額だったとする。
バランスシート (単位:億円)
(資産) (負債)
現金預金 ×× 支払手形××
受取手形 ××
棚卸資産 ×× 退職給付引当金56
(純資産)
利益剰余金△30
以上のように、利益剰余金(過去の利益の蓄積)を大幅に削って、その年にとつぜん不足額の全額を計上することに、従来は引け目を感じていました。
「退職金制度は長い期間にわたって影響するものだから、臨時の事象が発生した年の業績だけ大幅の赤字にするのは、各会計期間の業績を比較するときに、かえって実態をあらわさないだろう」という考え方なのです。
たしかに、例2の年だけ株過低迷のあおりで損失が30億円も一気に出ていますから、とうぜん、その前の年やその後の年との業績比較がまともにできなくなりますね。
こういったことから、従来は、その差額をいったん無視して、その後の数年間で少しずつ利益から引当金に移し替えましょう、というマイルドなやり方だったわけです。
(例3)
例2と同じ状況だが、30億円の不足拡大分をすべて当期の損失とせず、10年で一定額ずつ引当金に移すことに決めた。
バランスシート (単位:億円)
(資産) (負債)
現金預金 ×× 支払手形××
受取手形 ××
棚卸資産 ×× 退職給付引当金29
(純資産)
利益剰余金△3
この方が、業績に与える影響が軽くなり、財務諸表を利用するときの誤解を防げるだろう、という発想です。
しかし、これではバランスシート上の実態がゆがめられる、ということで、今回の新基準(連結のみ)となったのです。
具体的には、利益からは減らしませんが、純資産全体から漠然と減らしましょう、という間をとった処理なのですね。
(例4)
例2、例3と同じ状況。
30億円の不足拡大分をすべて当期の損失とはしないが、調整額として純資産全体から漠然と控除する(新基準)。
バランスシート (単位:億円)
(資産) (負債)
現金預金 ×× 支払手形××
受取手形 ××
棚卸資産 ×× 退職給付に係る負債56
(純資産)
利益剰余金0
退職給付に係る調整額△30
ちょっと難しい話ですが、新基準の公開草案では、「退職給付引当金」ではなく、「退職給付に係る負債」という、よくわからない語感の勘定科目で処理することになりそうです。
新基準に従うと、会計理論にいう「引当金」の定義にあわなくなるのがその理由です。
いっぽう、「退職給付に係る調整額」というのは、その他の有価証券の含み損益と同じ、「その他の包括利益」というこれまた、へんてこな利益もどきの項目と同類になります。
将来の日商1級・税理士簿記論と財務諸表論・会計士試験にまたまた迷惑な変更をともなうお話でもあります。
会計士の私が言うのもなんですが、最近の会計ルールって、短期間で節操無くちょこちょこ変わって困りものですね~。
少しは経理担当者の苦労も考えてほしいものです。
…あ、会計ソフトを売ってるシステム会社やコンサルタントなどは、新たな飯の種が出来てうれしいかもしれませんが…(苦笑)。