誰にでも居場所はある!【前を向いて歩こう165】

前を向いて歩こう、今回は「誰にでも居場所はある」というテーマでお話をしたいと思います。

気分的に落ち込んでいるときや上手くいかないときは、こういった心理状態になることもあります。

そのときに周囲の対応を少しでも間違えてしまうと、ますます深刻な状態になってしまうこともあるので、1つのヒントを、2つの事例をもとにご紹介します。

ずいぶん前の話ですが、私が職場で指導していた社員が浮かない感じだったので、ちょっと気になっていました。

自分の仕事もあったので周囲のことにまで気を回す余裕がなかった時期がしばらくあって、たまたまその社員と話す機会がありました。

「大変だろうし、上手くいかないこともあるし、仕事量も多くて、自分の知識や経験からすると少し難しい仕事を任されているという実感があるとは思うけれども、あなたには期待しているし、これからもどんどん頑張ってもらいたいから、お願いしますね」というふうに、何気なく勇気づけるつもりでお話をしたら、意外な言葉が返ってきました。

「あ、私はここに居てもいいのですね」という言葉を聞いて、私は「深刻に考えていたのだな」と思って、ハッとしました。

仕事が上手くいかなくて、「自分はひょっとしてこの仕事を任されるのにふさわしくないのではないか。もしかしたら自分はここに居てはいけないのではないか」というふうに、もしかしたら思っていたのかなと考えました。

つまり、「自分はここに居てもいいのか」という、帰属意識という意味で居心地の悪い思いをしていたのではないかと思ったのです。

そうであるならば、私は仕事を任せている立場として「自分が悪かったのかな」と反省するわけです。

誰しもそうですが「自分はここに居ていいのだろうか」あるいは「自分はここに居てはいけないのではないか」と思い始めるとつらいです。

そうなると、辞めたくなってしまったり、仕事が手に付かなくなってしまって、せっかく能力があるのにそれを活かすチャンスが狭まってしまうこともあります。

もう1つは、私の家族で起こった事例なのです。
私には現在2人の子どもがいますが、子どもが小さかった頃に、一時期、毎晩のように、寝る前に「自分は居ないほうがいいと思っているのでしょ?」と聞いてくるのです。

これはまったくわからなくて、そんなにきつく当たったつもりもないのですが、もしかしたら幼稚園で何かあったのかもしれないなと思いました。

幼稚園の先生だって悪いことをしたら叱ります。
私はあまり叱らない人間なので、おそらく私よりは幼稚園の先生のほうが厳しく指導しているかもしれません。

「居ないほうがいいと思っているのでしょ?」と言うので、一瞬「まずいな」と思って、「そんなことはないよ。パパはおまえが生まれてきて嬉しいよ。いてくれて幸せだよ」ということを懇懇と言うのですが、それでも何度も聞いてくるのです。

そういうとき、人によっては「しつこいな!もういいだろ!」と怒るかもしれませんが、私は直感的に「自我の確認をしているのかな」と思いました。

自分の存在確認をしているときに「そんなのは後にしろ!」などと言ってしまうのもまずいと思ったので、抱っこをして「そんなことはないよ、おまえは大事なのだよ」という話を、1週間か2週間ぐらい、寝る前にずっと続けたことがあります。

何度も来るので、そのたびに手を握ったり抱っこをしたりして、毎回毎回同じことを言い続けていましたが、言い続けると安心するのか、寝てしまうのです。

多少背景は違いますが、1つ目の事例としてお話しした、仕事で「私はここに居てもいいのですね」というケースと根っこの部分に似ているものを感じるのです。

人間誰しも「自分はここに居ていいのだろうか」ということと「存在していいのだろうか」という根本的な疑問や不安というのがあると思います。

自分では「これでいい」と思っても、相手から拒否されたり厳しく言われたりすると落ち込みます。

そういうときに「自分はここに居てもいいのだろうか」と思ってしまいます。
これを「所属の欲求」や「帰属の欲求」と言います。

「マズローの欲求5段階説」というものがありますが、一番基本的なものは食べるものなどの「生理的欲求」で、日本の場合、これは満たされています。

2つ目は「安全欲求」ですが、日本の場合は安全がかなり保障されていますので、日本において生理的欲求と安全欲求はある程度満たされています。問題なのは第3の欲求で「社会的欲求」と言われるものです。

これは、「今、自分がこの世の中に居ていいのだろうか」という、存在を疑ってしまうとかなりモチベーションがさがりますが、所属の欲求という部分をくみ取ってあげて、周りが配慮します。

もし、そういうことで気持ちが滅入っている人がいたら、助けてあげることが大事だと思います。

実はこの「前を向いて歩こう」動画も、「自分はこのままでいいのだろうか」という社会的欲求について、「いや、そんなことはないですよ」という具合に、居場所の提供をさせていただいているつもりです。

動画によってそういう面を少しでもサポートするという理由もありますので、リアルな場所でなかなか居場所がないと思ったら、この動画で居場所があると思っていただければ、それはそれでいいと思います。

「こういう奴もいるのだな」と思いながら私の馬鹿話を聞いて「あ、自分はここに居てもいいのだな」と思っていただければいいと思います。

プライベートでも職場でも、何度か「自分はこの仕事にふさわしくないのではないか」、「自分なんかじゃダメなのではないか?」と思うときがあるかもしれませんが、そういうときに「そんなことはないよ」というメッセージを出すことはとても大事だと思います。

昔みたいに、1つの家にお爺さんとお婆さんがいて、お父さんとお母さんがいて、自分がいて、兄弟がいて……というような大家族の形態ならば普段からコミュニケーションがありますが、今は核家族化と言われて久しいです。

それに、インターネットの発達によって人とのコミュニケーションが取りづらいですから、ますます孤独感が強まってしまう傾向があるので、そういったときには「自分には居場所があるのだ」ということを常にお互いに意識して生活をすると、孤独感に悩まされることもないかもしれません。

あなたにも必ず居場所はあります。
もし、この動画をご覧の方のなかで「自分には居場所がないかな」と思うことがあったら、一歩引いて考えてみてください。

必ず居場所はありますから。
今回、こういった事例をご紹介したのは、そのような悩みを持っている方の役に立てればいいと思ったからです。

この「前を向いて歩こう」動画では、みなさん平等に、公平に、居場所はあります。
気分が沈んでしまうようなときがあったら、この動画を見て少しでも元気をつけていただければ嬉しいと思います。
ここまでご視聴いただきまして誠にありがとうございました。

柴山式簿記講座受講生 合格者インタビュー
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